十七歳のわたしたち。白い花のように茫洋とした記憶。いったいどういう状況のもとで、麻子はその台詞を口にしたのだったろう?
                
「いちばん初めにあった海」 加納朋子 角川文庫

 傷ついて……どんなことがあったのか、なにが理由かはわからないけれど、深く深く傷ついて……海の底に眠る深海魚のように、自分をいたわり、部屋の中に閉じこもって誰とも口をきかずに、きくことができずに暮らしている堀井千波。周囲の騒音に耐えられず、ようやく引越しを決意した彼女が片付けの最中に見つけた一冊の本、「いちばん初めにあった海」。初めて読むはずなのに、奇妙に心惹かれ、ページをめくるたびに胸が苦しくなるような気持ちに襲われていた千波の手から、間に挟まっていた淡いブルーの封筒が抜け落ちる。差出人は「YUKI」。まったく覚えのない、しかも未開封の手紙を開けてみると、その中には思いもかけない言葉が記されていた……
 千波の傷口の深さがどれほどなのか、はじめのころ読者であるわたしたちにはわからない。ただ伝わってくるのは哀しみと、いつまでもまどろんでいたいと願う気持ち、ただそれだけだ。
千波は夜の底のような部屋の中でまどろみながら本を読み、なつかしい夢を見る。嫌われものの転校生、結城麻子との大きなクスノキの下での会話、十七歳の少女だった、なつかしくもあざやかな記憶を。
 少女にとって、女性にとって、十七歳というのは特別な季節だ。千波と麻子の女子校での記憶、会話、そしてそれをせつなく思い出す現在に、思わず熱く込み上げてくるものがある。
「かんにん。かんにんなあ……」
「――ええねん」
 なにもかもを飲み込んだ、なにもかもをわかりあったふたりの交わす言葉のやさしさを、ぜひ心に感じてほしい。
  同じ本に収められている「化石の樹」のせつなさも、わたしは大好きだ。



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