「お師匠さまは、医術の腕ばかりか、謎を解くのも天下一なのです」
「砂楼に登りし者たち」 獅子宮敏彦 東京創元社
貴賎老若を問わずに病人や怪我人を診てまわり、しかも、大した報酬を受け取らず、常に粗衣をまとい、貧相な顔立ちをした牛にのって諸国を巡っている名医師、残夢。弟子の永田徳二郎とともに旅する残夢が現れる先々では、奇怪な事件が謎のまま残されていた。医者として病を見る合間に、謎の話を耳にした残夢が明かす、真実とは。
それはたとえば、浪々の軍師、勘介が見た、合戦の最中での美しい諏訪王姫の密室内での消失であったりする。軍さ神の生きた象徴として君臨する諏訪王姫には、老いや病の姿を見せることなく消えてゆくという伝説があった。だが、そのような伝説が現実になるものなのだろうか。どこかに逃がしたのではないかと拷問まで受け、片目を失いながらも、消えたということしか繰り返せない勘介。その彼を介抱した残夢の教えてくれた真実とは。
不可能な状況で背後から刺され殺された執権。壮絶な忍者の闘争の裏で仕組まれたからくりなど、戦国の世の中でおきた不可思議な事件が扱われている連作短篇集。とはいえ、それぞれ中篇くらいの長さは十分にある。本筋とは微妙に異なった場所に、武田信玄や明智光秀といった武将たちが見え隠れし、それが最後の物語に(あえて題は書かないが)収斂していったときには「なるほど!」と唸ってしまう。しかも、それぞれの謎の話にも共通点があることが明かされるに至っては、やりすぎじゃないの? と思いながらも、ふむふむと頷かされてしまうのである。これまでも時代小説を舞台にしたミステリというのを読んだことがなかったわけではないが、この小説はなにか、どこかが違う――どこが違うとはうまくいえないのだけれど。実在の人物を織り込んでいるからだろうか。ちょっと手にとって眺めてみてもらいたい。
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