「巧い手じゃねェ。所詮は苦し紛れの童騙しじゃねえかよ」
「せやけど上手に運ぶやないか。あのな文さん、この又ァ大蝦蟇から雷さんから、よう使いよるんやわ。わっしも最初は阿呆かと思うたもんやけどな、最近じゃ化け物もええと思うわ。使いようやで」
「前巷説百物語」京極夏彦 角川書店
上方で下手をうって江戸に流れてきた小股潜りの又市だったが、ひょんなことから損料屋ゑんま屋の仕事にかかわることになる。もともと損料屋とはものを貸して、その損料を取る商売だが、ゑんま屋に限っては、布団や衣装、人や知恵、そんなもの以外に……口では言えないものも貸す。泣き損死に損やられ損、ありとあらゆる損を、見合った銭で肩代わりする――それがゑんま屋の仕事である。しかし、ゑんま屋の仕事に関わっていくうち、又市は、死に損だけは割に合わない――人を殺したところで、何の解決にもならない、と強く感じていくようになる。そして、又市は青くさいの若いのと言われながらも、化け物を使うことで、人死にの出ない図面を描くようになっていく。
ご存知「巷説百物語」シリーズ。又市がまだ御行姿になる以前の物語である。力もなければ銭もない、それでもどうやら頭だけは切れる又市が、自分ではやっつけ仕事だ、苦し紛れだ、といいながら、人死にの出ない、円満解決の道を探る。
といっても……前半部分に見られたユーモラスなところが、後半はほとんど見られず、なんとも重苦しい結末になってゆく。世の中というのはそういうところだといってしまえばそのとおりだが、なんともやりきれない感もある。
巷説シリーズを既に読んでいたほうが楽しめることは間違いない。重なり合う登場人物、後に生きてくる伏線。散りばめられた小ネタが楽しい作品。長さは苦にならないと思う。オススメ。
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