「絶望的な環境におかれた人々は、自身の精神面の危機を自分で気づくことができないものです。そこで、こちらから警鐘を鳴らす必要があったんです」
                   
「催眠」 松岡圭祐 小学館文庫

 ニセ催眠術師としてテレビで適当なことをやっていた実相寺則之。だが、彼の催眠術がにせものであることは既に知れ渡り、適当に話をあわせてくれるようなテレビ局もなくなっていた。子どものようなアイドルにまでコケにされ、催眠術師としての生命を絶たれたかと思った矢先、番組を見たという女性が実相寺を訪ねてくる。しかも彼女は、実相寺の前で突然けたたましく笑い出したかと思ったら、自分は宇宙人だと叫びだした。最初は不気味に思った実相寺だが、宇宙人になった女性――入江由香が見せる驚異的な読心力を占いに活用することを思いつく。由香のマネージャーとして利益を得、ふたたび人生に明るさを見出した実相寺だが、ある日、由香を追う男たちの影に気づく。
 一方、そのころ東京カウンセリング心理センターの催眠療法科長、嵯峨敏也もまた、由香の能力に気づき、ひそかに彼女を見守っていた。嵯峨の考えたとおりであれば、由香は心の病におかされているはずだったからだ。由香はほんとうに宇宙人なのか、それとも、嵯峨が考えるように精神の病におかされているのか? 物語は由香をはさむふたりの男を中心にすすめられてゆく。
 ひとの心という分野とサスペンスを組み合わせ、娯楽性はあるけれど、いろいろ新しく知る分野もあって、知的好奇心も刺激される作品になっている。思いがけない出来事が続くだけではなく、登場人物たちひとりひとりも魅力的である。それが実相寺のように落ちぶれた人生を送っていたとしても、丹念に描かれている人々への共感が物語へのおもしろみを増している。ミステリ好きでもそうじゃない人でも読める作品だと思う。オススメ。



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