自分がぺらぺらの薄い紙になったような気がした。
 風に吹かれるまま、あちらこちらに流されていく。どこに行きたいという意志すらそこにはない。
            
     「砂漠の悪魔」 近藤史恵  講談社

 友人、榊原夏樹が自殺した。思いあたることといえば、ただ一つしかない。「俺」、橋場広太が殺したのだ……――
 中学時代からの友人、夏樹のことをうっとうしく感じるようになったのはいつからだろう。「俺たち、親友だよな」といってくる夏樹から何度も距離を置こうとして、積み重なる悪意を表面化させることもできなくて、広太は広太で鬱屈していたのだ。だからこそ、後先考えずにしてしまった、ささやかな裏切り行為。だがそれは、夏樹にとっては決して小さな裏切りではなく、後になって広太がどんなに後悔しても追い付かないほどに酷い出来事だった。
 夏樹の葬式から帰ってきてしばらくして、広太は暴力団風の男につけ狙われていることを知る。そして成り行きから運び屋として中国へ行くことになってしまった広太は、北京で知り合った留学生・雅之とともに、蘭州へ、そして酒泉、さらにはカシュガルへと逃げ続けることになる。
 愚かなふるまいの結果、なにもかもを失った自分。一方で、人を救おうとして中国にとどまっている雅之。日本とはなにもかもが違う中で、荷物も、パスポートも失った死体になったら、自分を日本人の橋場広太だとわかってもらえるのだろうか。そもそも、わかってもらうことに意味があるのだろうか。
 異常な状況の中で旅を続ける様子が続き、どういう結末になるかと思っていたのだが……驚いた。というか、ネタばれになるのかもしれないが、もしかしたら敏感な人はタイトルからわかることなのかもしれない。雅之と広太の出会った「砂漠の悪魔」。広太はそこでようやく、なにもかもを吹っ切ることができるのだが……――こんなことになるとは。
 「サクリファイス」あたりとは雰囲気がまったく違っているので、好みはわかれるかも。



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