「ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ」
    
「ライ麦畑でつかまえて」 J・D・サリンジャー(野崎孝訳) 白水Uブックス

「もしも君が、ほんとにこの話を聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたとか、チャチな幼年時代はどんなだったのかとか、僕が生まれる前に両親は何をやってたかとか、そういった《デーヴィッド・カパーフィールド》式のくだんないことから聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなことはしゃべりたくないんだな」
 こんな出だしではじまる本について語るのは、なにかが間違っているような気がする。だって、主人公がそんなくだんないことはやめてくれよ、と辟易しているのが目に浮かんできてしまいそうだから。
 とはいえそうもいかないので……主人公はホールデン・コールフィールド。これで四度めの高校を放校になり、クリスマス前だというのに調子は狂いっぱなし、仕方なく両親のいる家に戻ろうとはしているのだけれど、という状態を書いたものだ。ホールデンはなんたって英語だけはクリアしている文章家だから、どんなことでも自分で分析を入れつつ語ってくれて、読んでいるこちらはホールデンの思考をそのまま追いかける不思議な感覚を味わうことになる。なにしろホールデンときたら半分大人で半分子どものような不安定さ。その危うさときたらたまらないものがある。そしてまたホールデンの中にあるのは小説家の兄、D・Bとの思い出話や、こころ優しき天才、死んでしまった弟のアリーに寄せる愛情、そしてなんといっても大好きな妹のフィービー。ホールデンの思考にはこの3人が欠かせなくて、だから最後のほうでほんとうにフィービーと再会したときには、なんだかこちらまでうれしくてうれしくてたまらなくなってしまう。
 いろんな読み方ができる本なのだと思う。深い読みも、浅い読みも。わたし自身のオススメとしては……そう深くは考えずに、ホールデンのままに。インチキな社会とか大人とかにうんざりしながら、子どもに深い愛情をたっぷりそそいで……馬鹿げてることは知ってるけどさ。ライ麦畑のつかまえ役、そういうものになりたい気持ちってのを……味わってみるのも、いいと思うな。
  村上春樹訳でもぜひ読んでみたい。


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