一七九五年六月に、主塔の彼女の部屋の下で解剖された子供は誰だったのか。もしそれが弟でなかったとしたら、確かに弟がまだ生きている可能性が本当にあるのではないか。
「ルイ十七世の謎と母マリー・アントワネット:革命、復讐、DNAの真実」 デボラ・キャドベリー(櫻井郁恵訳) 近代文芸社
オーストリアからフランスへ。当初歓喜の声をもって迎えられた王妃マリー・アントワネットは、のちに悪質な中傷文の的となり、それを信じた民衆にとって暴君ルイ十六世とあばずれ王妃は憎悪の対象となった。「神その人が私を見捨てたのです」――ルイ十六世がギロチンで処刑された後、マリー・アントワネットは母として娘マリー・テレーズと息子ルイ・シャルルを守ろうとするが、王党派を恐れる人々にとって幼い少年は国王ルイ十七世という危険な存在に他ならなかった。そして母の願いも虚しく、非道な虐待がこの幼い少年に与えられていった――
フランス革命の最中、虐待の末に命を落とした10歳の少年、ルイ・シャルル。だが獄死したのは本当にルイ十七世本人だったのか? のちに何人ものルイ十七世を名乗る者たちがあらわれ、唯一生き延びた姉マリー・テレーズを苦しめることになった(中には財産をめぐって訴訟を起こした者もいる)。もっともらしい証言と、王家のものらしいふるまい。彼らが本人であること、本人でないことをどう証明すればよいのだろう。――答えは近代科学が登場するまで得られなかった。ルイ・シャルル解剖時に盗まれた彼の心臓(この心臓の旅だけでもすごい)が歳経て関係者の手に戻り、ついには母方にのみ現れるミトコンドリアDNAを母方の関係者のDNAと比較することによって、真実を明らかにしようとしたのだ。そして、その結果は――
歴史を科学で検証する試み。ルイ・シャルルは本物か。登場するペテン師たち(あるいは本人)。謎に取り組む人々の姿は読んでいてはらはらするほど興味深い。世界史とかフランス革命とかが好きな人はもちろん、そうでない人にもオススメできる作品。
しかし、心臓がルイ・シャルルのものかどうかわからなかったときに僧侶がいった言葉こそが大切なのかもしれない。
「これが誰の心臓かは存じません。しかし世界中の至る所で苦しんできた子供たちを確かに象徴するものです」
ルイ十七世のものであったとしてもそうでなかったとしても(それは読んでのお楽しみ)。革命の最中、罪のない子供が虐待死したことは確かな事実なのだから。
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