ミカーチャ……。
セリョージャに呼びかけられると、わたしは"心のきれいな子"になった気がした。
たとえ、瞬間でも"わたし"ではないやさしい"ミカーチャ"という女の子に。
「レネット 金色の林檎」 名木田恵子 金の星社
二十歳の誕生日、「わたし」みかは、久しぶりに父の声を聞いた。十一歳の夏、母がみかの手を引いて余市の家を出てから、九年。忘れようとしていたあの夏の思い出が、みかの胸によみがえる。
その前の年に、二つ年上の兄、海飛が死んだ。母は父を責め、父は無口になり、そんな両親の様子に、わたしもまた、兄ではなく自分が死んでしまえばよかったと深く傷つく。そしてわたしは、胸の中にたまった怒りから、自分の中にそれまで知らなかった醜い自分を発見してしまった。仲の良かった博美ちゃんを無視して、博美ちゃんをいじめているノリエと一緒に帰った。ノリエはうそつきで友だちの悪口ばかりいうような子なのに。醜い自分をもてあましていたわたしに、ある日、父がチェルノブイリで被爆した子どもを預かるといい出す。はじめは反対していた母も、里子として預かる12歳の少年、セリョージャの写真を見て心を動かされたようだった。病気の花束、と呼ばれるほどに、数々の病気を体内に抱え、それでも懸命に生きているセリョージャ。だけど、わたしはどうしても、セリョージャにやさしくしてあげることができなかった。みかのことを、ミカーチャ、とやわらかく呼んでくれる声のことは大好きだったのに。
あれから九年。病気の花束だったセリョージャは、生きているの……?
ばらばらになっていた家族が、病気の男の子を預かることで再生してゆく。だがそれは、完全な崩壊の前ぶれでしかなかった。再生したからこそ崩壊してしまう哀しみ。なんとかしてあげたいと思いつつ、どうすることもできないもどかしさが、自分も、他人をも傷つけてしまう。そんな繊細な少女の胸の痛みを、記憶という形で描き出した佳品。
第31回児童文芸家協会賞受賞作。
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