――誰がお荷物なの。
――生死がかかっている状況で気楽に話しかけてくる人間。
――だって仕方ないじゃない。私には何が起こったのか知る権利があるわ。
「憑依奇譚」(「楽園の知恵 あるいはヒステリーの歴史」所収) 牧野修 早川書房
男にふられて飛び降り自殺しようとしていた女が、血まみれの少年と出会い、その少年の体内にいた<憑依者>と名乗る存在に憑依されてしまった。二百年以上も前から生きてきたというその憑依者は、彼の存在を消そうとする科学結社から逃げているところだった。憑依されると、憑依されたほうの人格は数時間後に消えてしまうため、本来は契約を結んでから憑依するのだが、今回は時間がなかったのだ。そこで、わけのわからぬまま憑依されてしまった女は、少年にあることを依頼する。
短編集――といっていいものか、どうか。ゆるくどこかでつながっている物語たちは、牧野節全開。
高い所から吊り下げられ、ぶらぶらと揺れながら、生まれてから一度も夢を見たことがない、ということに悩んだり、自分が死なないことを知って、ありとあらゆる自殺を試みたり……登場人物たちもそれぞれにとんでもないが、物語そのものが破壊的にすごい(としかいいようがない)ときもある。中年男の性的妄想を基本とした言語による世界再構築、生きた一軒家となった生体建材の暴走、演歌と神秘主義、逃げゆく物語たち。
逃げゆく物語たちは、こんな話だ。ラングドールと名付けられた人型の書物のうち、青少年に悪影響を与えるといわれるホラーとポルノが狩られることになった。追手の目を逃れ、自分たちが読まれる(ラングドールは読まれると消えてしまう)こともなく、静かに存在することができるという図書館を目指して旅をしようとするラングドール。しかし、追手はすぐそこにまで迫っている。若い女性向けホラー『血塗れ海岸』チマミレくんと、ポルノ小説のクリプトグラフによる逃避行は、彼らが傷つくたびにテキストがこぼれていくところなど、どこかせつない。
本好きだったら、この話だけでも、ぜひ。
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