「お約束しましたとおり、その本は周囲の状況すべてを見、聴くことができます。現時点で本は、幼い、女性を捜しています。女の子の手にとられ、表紙をめくられて初めて、本はその子の顔、そして声をみずからの記憶に取り込むわけであって――」
「ダイヤモンド・エイジ」ニール・スティーヴンスン(日暮雅通訳) 早川書房
ナノテクノロジーが日々の生活のすべてに浸透した21世紀半ば。世界は人種、宗教、主義、嗜好によって<部族>や<種族>といった集まりに細分化されていた。その中でも力を持っていたのが《漢》《ニッポン》《新アトランティス》の三大種族。新アトランティスは19世紀のヴィクトリア朝思想を復活させ、女王をいただく一方、企業株主による擬似貴族制が敷かれている。
物語は新アトランティス人の貴族、フィンクル=マグロウ卿が孫娘エリザベスのためにナノテクの粋を集めて作らせた<若き淑女のための絵入り初等読本(プライマー)>をめぐって進んでゆく。プライマーは読み手を主人公とし、その環境を物語に取り込みながら教育していく究極のインタラクティブ・ソフトだったが、その開発を任されたハックワースは自分の娘のためにプライマーを違法コピーしてしまった上に、その違法コピーをどの種族にも属さない貧民層<シート>の若者に盗まれてしまうという失策を犯してしまうのだ。盗まれたハックワースのプライマーは、虐待される幼い少女ネルの手に渡り、そしてさまざまな思惑が錯綜する中、プライマーの中のプリンセス・ネルの物語によって教育されたネルは、やがて世界を変える意志を持つ少女へと成長してゆく。
Westさんからの就職祝いオススメ本(先輩ありがとうございます!)。
物語はネルとハックワースの他、ラクター(インタラクティブソフトの演技者)のミランダ、奪われたプライマーに興味を示す芳判事等々を中心に繰り広げられる。短い断片的な物語が積み重なって一つの大きな物語を作り出すさまは見事である。プライマーが語るプリンセス・ネルの物語も見逃せない。
最終的に三冊作成されたプライマーは、それぞれ三人の少女を育てることになるが、その結果は大きく異なっていた。マグロウ卿の孫娘エリザベスは反抗的な少女に、ハックワースの娘フィオナは利発だが躁鬱の気がある芸術家に、そしてネルは聡明な淑女へと成長するのだ。この違いは、プライマーの演技者、ラクターの違いでもあるのだが、ネルを育てたミランダが、いつのまにか名前しか知らず本を通じてしかであうことのできない少女を娘のように慈しんだように、ネルもまた、ミランダを母親として捜し求める後半部分は感動的。
ヒューゴー賞、ローカス賞受賞。自分だけの本、自分や自分の身の回りのことを何もかもすべてを知っていて、それを活かした物語を創ってくれ、楽しみながら読み書きや日常で役立つことを教えてくれる本っていうのが最高の設定だと思う。こんな本があったらいいなあ……オススメ。
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