「おれ、妊娠したかもしれないんだ」と、ジョージはテキサス大学付属病院の産婦人科に電話をしてきて、こう申告した。
「でもさ、想像妊娠かもしれないので、ドクターに診てもらってはっきりさせたい」
「妊娠した男」 ディードリ・バレット(佐々木信雄訳)
朝日新聞社
「催眠セラピストの7つのカルテ」という副題を持つこの本は、催眠療法を実践する著者が出会ったあまりにもドラマティックな患者たちの物語だ。
本当に妊娠しているのか想像妊娠なのかをはっきりさせたいというジョージは、禁煙のための催眠療法を受け、健康な自分を想像するついでに「妊娠した女性になりたい」とひょいと思ってしまったことから胸と腹が膨らみ、心音すら聞こえるような気になってしまったという人物。彼のその後もまた驚くべき話だ。
突然左手に刃物を持って長男に切りつけたドローレス。右利きで、IQは86、一桁の加減計算もできないはずの彼女が、催眠療法の最中にははっきりとした口調でものを話し、計算もすらすらできるようになる。彼女の外来診療記録は左耳の突発性難聴を訴えてのものだったが、彼女の左耳は五歳のときから聴こえないはずなのだ。ということは……
ひとの心の不思議さを催眠療法によって少しずつ明らかにし、癒そうと努力する著者の姿は誠実で真剣だが、個人的には「怖いもの見たさ」的な面白さがあった。禁煙のためや、飛行機恐怖症を治すために催眠療法をうける人がそう珍しくないという点でも、なんだかアメリカってすごい、と思ってしまったりなんかしたのだ……。
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