「未来が分かるのと、神様であることとは、似ているのに」
「私は誰のことも救えないのです。神様のような大層なものではありません。なのに、みんなが勘違いするのです」
「オーデュボンの祈り」 伊坂幸太郎 新潮文庫
気がついたら見知らぬ部屋にいた。けちなコンビニ強盗に失敗し、パトカーから逃げ出した……あとの記憶は途切れている。だが、どうやらわけのわからぬままに、荻島というところに連れて来られたのだか、ついてきたのだか……してしまったらしい。そして「僕」、伊藤はわけのわからぬまま、やけに親しげな見知らぬ男、日比野に連れられて島をめぐる。ざっと百五十年ほども閉ざされているというこの萩島は、日本であって日本でない。奇妙なルールに支配される奇妙な人々、喋るカカシ。未来を知りながらも口にせず、しかし哲学的な会話を好むカカシ、優午。カカシが話をするわけないじゃないか、と理性では考え、感情ではどこか魅力を感じてしまう僕。だが、優午はあっさりと殺されて――破損されて、しまった。未来を予見することのできるカカシが、なぜ自らの死をとめることは出来なかったのか。いったい誰が、なんのために。そして、優午の死後、未来のことは滅多に語らないはずのカカシが示した指示に従って動く人々がいた。彼らと関わるうち、伊藤はひとつひとつはバラバラであるはずのエピソードが導いて行く先に気づいてしまう――
不思議な話だ。
ミステリといえばミステリだが、ファンタジーといえばファンタジーのような。
荻島のようなあり得ない島を、夢オチにせずに理屈で(支倉常長までひっぱってきて!)存在させてしまう手法もすごいし、さりげない会話や行動、題名さえもが最後に収束していくさまも見事。牧歌的な人々だけではなく、あまりに醜悪すぎる言動を当然のことのようになす人物を出してしまうというところも。我に返って、この話っていったい……? と首を傾げたくなるような気分。これは、なんとも不思議としかいいようがない。
ともあれ、とにもかくにもさりげなく語られる荻島の風景がよい。失われた優午を取り戻そうと、代わりのカカシを自分で作って立てる少年がいる。話さないカカシを前に、日比野がいう。
「きっと、人と話すのが面倒くさくなっちまったんだ」「それでも、話は聞いてるって」
失われたもの、なくしてしまったものに呼びかける声を持つ者は、彼らとともに、気持ちが夕闇に溶けていくことを感じることができるだろう。
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