「くそっ! あんたの体の中には何が入ってるんだ、心がないのか?」
              
    「ポセイドン」 ポール・ギャリコ(高津幸枝訳) 早川書房

 アフリカと南アフリカの港をめぐる一ヶ月のクリスマス・クルーズを終え、リスボンにむかって帰航中の巨大客船ポセイドン号。元英国郵便船アトランティス号を貨客船に改装したこの大型船は、コスト削減と日程調整のため、バラストの水も補充しないままに沖に出てきてしまっていた。そして迎えた、海底地震。
 それまでも大きな横揺れはあったが、この地震には耐え切ることができず、ポセイドン号は傾きを立て直すことができず転覆する。完全にひっくり返った船の中、生存者の一部のグループが、一番上、かつての船底にあたるところを目指してポセイドン号の中を登り始める。グループのリーダーになった牧師のフランク・スコットの熱に浮かされたような調子に、彼を信じてみようという気になったのだ。スコットのグループに加わったのは、自動車メーカーの社長であるシェルビーの一家や、刑事とその妻、引退したデリカテッセンの経営者とその妻、裕福な独身男などなど、年齢も職業も雑多な面々。当初は助け合いながら進む彼らだが、極限状態が彼らを精神的に追いつめてゆく。
 映画にもなった「ポセイドン(あるいは「ポセイドン・アドベンチャー」)」の原作。元有名なスポーツ選手である牧師は、人々の常識からするととんでもない祈りを捧げ(あるいは祈らず)、弱者を容赦なく切り捨てる冷酷な面をももつ。狂信的な牧師についていかざるを得ない人々の不信、疑惑。そして死を目前にして妻は夫に積年の不満をぶち上げ、若い男女は真実の愛だと思うものにしがみつく。
 この物語のすごいところは、ラストにあるのではないかと思う。もちろん、ポセイドン号の中を登っていくアドベンチャー部分の面白さもあるが、実際に大変なことをやり遂げてしまった後の人間の姿、そして……さらにそのあと。ギャリコって、実はとてもシニカルな人なのではないかと感じられもするページが続き、最後の最後でまた不思議なほどあたたかな物語になる。このラストのうねり具合をぜひぜひ読んでもらいたいものである。オススメ。



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