かれは、自分が不幸ではないという事実を、驚きもなく受け入れた。もうこれ以上、何の心配も悩みもないと思うと、快適ですらあった。痛みもなく、不快さもなく、もう空腹ですらなくなっていた。肉体的にはまだまだ調子がよかったし、精神的には平和で落ち着いた気分だった。かれは死んだのだ――死んだことをはっきりと知っていた。それでも、まだしばらくのあいだは、歩き、息をし、眺め、そして感じることができるのだ。
         
「果てしない監視」(「地球の緑の丘」所収) R・A・ハインライン(矢野徹訳) ハヤカワ文庫

 月基地を発進した編隊が守っていたのは、宇宙軍将官の記章がついた小さな船。そこに積まれていたのは、一個の鉛の棺と、永遠に鳴りやまぬガイガー・カウンター。クーデターを阻止し、地球を守るために命を失った、ジョニイ・ダールクィストの棺である。「果てしない監視」では、ジョニイがいかにして地球を守り、命を失ったのかという話が語られている。
 短篇集。
 ハインラインの未来史シリーズではこれは2巻めにあたるのだが、1巻目を読んでいなくてももちろんかまわないし、未来史の中ではこの「地球の緑の丘」に収められている作品群を特にオススメしたい。個人的には、ハインラインの作品全体の中でも、この「果てしない監視」は上位にくる。ハインラインの小説の中には、みずからの責務を果たそうとする人々、宇宙に憧れると同時に、故郷である地球を愛し続ける人々が描かれている。叙情的でありながら、感傷的すぎることもない。表題作「地球の緑の丘」は、それこそ読んだことがなくても聞いたことがある、という人がいるのではないかと思う作品。マスコミ向けに修正された盲目の吟遊詩人ライスリングの真実の姿を描き、彼がいかにして望郷の思いあふれた「地球の緑の丘」を歌い上げたかという物語である。今回再読して、こんなに短い話だったかと驚いてしまった。SFのエッセンスがぎゅっと凝縮された逸品であることは間違いなく、SF初心者にもオススメできる本。新しいSFしか読んでいないようなSF好きの人にも、「必読書」としてオススメしたい一冊である。



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