「ひとつ悪いことがあっても、それがどんなに悪いことでも、だからってみんな駄目になるわけじゃございません」
「おそろし」宮部みゆき 角川書店
袋物屋の三島屋伊兵衛の姪おちかは、主人の姪であるにもかかわらず、奉公人たちに交じって身を粉にして働いていた。本来は「お嬢さん」であるはずのおちかが、行儀見習いにとどまらず、このような姿で働いているにはわけがあった。心の内に秘めた暗く重い悲しみ。「人」というものに対する恐怖心。誰に告げることもできない過去。
だが、主人の伊兵衛夫婦が留守をしている折にやってきた客の相手をしたことで、おちかの身辺はにわかに様相を変える。不思議なおそろしい物語を抱えた者たちがひとりずつ、おちかの元にやってきてはその物語を語る――今風の百物語だというそれを、おちか自身は楽しむことも受け入れることもできかねてはいたが、しかし、次々に語られる物語によって、おちか自身の物語もほどけ始めていた……
連作短編集の形をとった長編。
ひとつひとつの物語はまったく違うように見えるが、最後には、途中で語られたひとつの物語が非常に重要であったことがわかってくる。心の闇に巣くう人外のもの。それに魅入られてしまった人々に救いはあるのか。ひととひととがかかわり、傷つけあってしまった過去を持つものはしあわせにはなれないのか? 己の幸せのために知らぬ振りをし、目を閉じていたことは罪になるのか? 語られる物語の持つ闇は重いが、さすが宮部みゆき。ちゃんと救いも用意されているのでホラー系や重くるしい話が苦手な人も安心して読めると思う。
副題に「三島屋変調百物語事始」とあるし、どうやらこれからもこの百物語の趣向は続くらしい。これからもどんな物語が語られるのか。楽しみである。
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