「<名探偵>というのは、行為や結果ではないのですか」
 巫弓彦は、背筋を伸ばしたまま答えた。
「いや、存在であり、意志です」
          
「冬のオペラ」 北村薫  角川文庫

主人公、姫宮あゆみの勤務するビルの二階にある「名探偵・巫(かんなぎ)弓彦」の事務所。そこには、「人知を越えた難事件を即解決」「身元調査など、一般の探偵業は行いません」と書いてある。自ら「名探偵」を名乗ってしまうのは京極夏彦の某探偵といい、伊集院大介もやや似たようなところがあるが……収入を当てにしての探偵業とは程遠くなるものらしい。しかし、この巫探偵には莫大な蓄えもなく、時にはビア・ガーデンのボーイ、コンビニエンス・ストアの店員、新聞配達、蕎麦屋の出前……およそ外見とは似合わぬ職業を「食べるため」にこなしている。せつない。そう、ただそれだけでも切ないのだ、この物語は。
自らが「名探偵」という存在であることを知ったときから、彼は普通の生活が歩めなくなってしまったのだ。そんな彼を記録したい、ホームズにおけるワトソンでありたいと決意した姫宮あゆみもまた、家族を失った過去を持ち、年の離れた名探偵の切なさを誰よりも深く知ろうとしながら決して手の届かないことの哀しみを知る、聡明で「しっかりした、いいこ」である。だから、事件もまた切ない。特に表題作である「冬のオペラ」(ちなみに、三つの事件が入っている、連作中短編集とでもいえるもの)の舞台は冬の京都。冬枯れの景色の中、名探偵は名探偵であるが故に、真実を知る。犯人の、殺人を犯さねばならぬほどに追いつめられた哀しみと、そして、己の犯罪を見つめて、尚も顔をあげて最後の自分の仕事をした、その決意の美しさを。寒い冬の夜に読みたい一冊でもある。



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