「あんたが選んだことでっせ。わっしは何度も何度も確かめたやろ。それでええのんか、何ぞ忘れてはおらんかと。この道は――あんた自身が選んだ道や」
            「桂男」(「西巷説百物語」所収) 京極夏彦  角川書店

 上方で事件が起きたところには、なぜか帳屋を営む林蔵の名前が顔を出す。しかも、それだけではない。桂男や遺言幽霊、溝出に豆狸と、なぜか怪異が付いてまわる。帳屋林蔵、いったい何者か。
 嘘と真をくるりと入れ替え、何処とも知れぬ処まで連れ去って、手玉にとってしまう男、靄船の林蔵。果たされぬ恨み、死者の妄念。怪異をつかった罠を仕掛け、隠されていた謎を暴く。
 「巷説百物語」に登場した又市のかつての相棒、ということで、江戸と同じく西でも怪異をつかったからくりが為される。一人娘に降ってわいた縁談の裏に隠されたお店のっとり、失った記憶の中にある兄と父の死の真相。夜になると騒ぎ出す人形たちの想い。嘘と真、善と悪とがひっくりかえるおもしろさ。どの物語も五部構成となっており、最後には必ず「後」として、仕掛けがほどかれる後日談がついている。
 さて、林蔵たちが絡むあいては、大抵が悪人、己の悪に気づきもせず、あるいはすっかり忘れきっている者たちばかりなのだが、中に一人、善人すぎる男が登場する。善人すぎるこの男に、林蔵たちがどんな罠を仕掛け、どんな結末が待っているのか……――それは読んでのお楽しみ。
 「巷説百物語」を読んでいなくても楽しめるが、最後には又市どころか、山岡百介も登場するので、読んでいたほうがもっと楽しめることはいうまでもない。




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