「別の世界でのおまえの仕事など、おれにはまったく関係がない」ニールスバブは怒鳴った。
「おまえがどんな種類の悪魔であるかも気にしないぞ」
   
   「悪魔たち」(「人間の手がまだ触れない」所収) ロバート・シェクリイ(稲葉明雄・他訳) ハヤカワ文庫

 素敵な春の日に、赤い鱗に覆われた巨大な化け物に召喚されてしまった保険外交員、アーサー・ガメット。ニールスバブと称するその化け物は、アーサーを「悪魔」と呼び、黄金を出すことを要求する。しかし悪魔ならぬ人の身で、どうしてそんなことが出来ようか。切羽詰ったアーサーのとった手段とは――
 シェクリイの短編はアイデアもさることながら、くすりと笑えるそのウィット、肩の凝らない設定と文章(は、訳だけれど…)にあると思う。「儀式」などもその一例。ある惑星で、「神」を待ち受ける者たち。長老派と、新派があるのだが、互いに食い違う意見の中で長老の発言にはどうしても逆らえない。そんなある日、待ちに待った神々の降臨がある。伝説によれば、かつて儀式の場でひとつの間違いが犯され、「忌避」が行われるようになり、その惑星には長いこと神々が降臨しなかった。今度こそ間違えてはならぬ、と必死になる両者。長老はいう。「どの神に対しても、まず入港許可の踊りを踊らねばならん。それから着陸許可の踊り、税関検査の踊り、荷おろしの踊り、そして検疫の踊りと続くのじゃ」。
 しかし若手のグラットは新しい儀式法――まずは献水と御馳走の儀式をはじめるべきではないのかという疑いが捨てきれない。神が飢えや渇きを感じないのは誰でも知っている。それでも、いま現れた神は絶え間なくうめき、四肢を震わせ、人間と同じ苦痛のまねをしてわれわれの貧困と渇望を哀れにおぼしめしている。それは、献水と御馳走の儀式を先にせよという思し召しなのでは? ――神々と呼ばれている者たちの正体はご想像のとおりなのだが、この笑えるような笑えないようなネタが、読ませる。
 あるイミでは初心者向けSF。ぜひ。



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