「でも、たとえあの男がどんな死に方をしても、ますみは二度と帰ってこないんですよねえ」
         
「乗り遅れた女」 夏樹静子 新潮文庫

 東京駅八重洲口のタクシー乗り場から、新潟まで行ってくれと乗り込んできた女。最終の新幹線に乗り遅れ、どうしても明日の朝までに着かねばならないから……という。キャリア・ウーマン風のその女性に怪しげなところはないし、運転手の磯野は快諾して走り出した。女とは軽い世間話も弾み、赤城高原のサービスエリアで休憩もとった。しかし、女はいつも楽しみにしているといっていたはずの山菜うどんを残し、しかもそれ以降はハンカチを顔に被せて眠ってしまったらしく、ほとんど話をしなかった。そして、半ば強引に新潟駅で降りて行ったのだが……同じ日に起こった一件の殺人事件。女はその事件にどう絡んでいるのか?
 短編集。どれもどこかやるせないような、ときにはいたたまれないような女の話である。殺された男は、かつて幼稚園生ひとりをひき殺し、もうひとりに重傷を負わせていた男だった。警察が殺された少女の家を訪ねていくと、そこには胃癌で余命三ヶ月、動くことさえままならない夫を抱えた妻がさびしさを堪えて座っている。誰が、何故、と事件を追ううちに刑事の胸に芽生えた感情の襞。
 「独り旅」も悲しくて、やりきれない話だ。主人公は誰がどう見てもいやな女だ。けれど、そのいやな女にどこかつながる糸を感じない女性も、いないのではないかとも思う。そして、「あのひとの髪」。殺人もなく、警察も出てこないミステリー。この中にも女の不安やしたたかさ、そんなものが滲み出ている。
 短編だから気軽に読めて、けれどふっと、別のイミで怖さを感じさせてくれる作品。



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