「理想を求めるほうがポジティブに見えますけど、そんなの取っ払って、一陸上競技者、短距離走者として突っ走るという、もっと、こう、毎日、毎日を全力でやる、予測や想像をしないでとことん行く――そのほうがスケールが大きいと思うんです」
「夏から夏へ」 佐藤多佳子 集英社
北京オリンピックでの男子400メートルリレーの感動をおぼえている人も多いだろう。この本は、その北京で歴史的快挙を成し遂げた4人(と1人)の、走ることへの思いを綴ったノンフィクションである。2007年8月の世界陸上の4人、塚原、末續、高平、朝原を描く第一部、その4人に、リザーブとして待機している小島を加えた5人の子ども時代からスプリンターとして開花し、現在に至るまでの軌跡を描く第二部。誰よりも速く走れる存在であることの裏側にひそむ努力、精神力、支え。そんなものが、陸上が好きで好きでたまらないという筆者の視線で確実に捉えられている。表舞台で活躍する第一部ももちろんよいのだが、むしろ、その裏側にある部分をとらえた第二部のほうが読み応えがあるだろう。
小学生のころから速い、速いといわれているわけだが、4人全員が最初から短距離を目指していたわけではない。むしろ「普通の高校生」の生活を送りたいと思っていたり、サッカー部で活躍したいと思っていたりする。そんな彼らの素質を見抜き、育てた監督の存在は見逃せない。高校陸上部では、監督=陸上のプロではない。監督自身も学びながら選手を育てているため、選手が負けたのは監督である自分のせいだ――と口にする監督もいる。けれど、それでも誠実に選手と向き合い、ともに成長してくれる存在だからこそ、監督にそんなことを言わせてなるものか、と選手が発奮していくのだ。大学の監督よりも、高校時代に、陸上だけでなく、生活態度から精神面、すべてに渡ってフォローしてくれた監督との絆のほうが強く感られる。
自分を高めていくためにストイックに練習に取り組む姿、いろんなものを抱えながら、それを精神的に乗り越えていく姿。彼らの熱い思いが伝わってくるこの本を読んで、あの北京オリンピックの走りをもう一度、観たくなった。
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