「きっと君は、この先、誰と一緒にいてもその人のことを思い出すだろう。だったら、君といるのが自分でもいいと思ったんだ」
                 「ナラタージュ」 島本理生  角川書店


 物語は結婚を間近にした「私」と、結婚相手との会話から始まる。どんなときでもつねに過去の「彼」を忘れずにいる私。否、遠ざけるためにこそ、過去だと認識し続けなければならないと感じているのだ。それでは、その人への想いとは、その人との過去とはどのようなものだったのか……
 大学二年の春、工藤泉は懐かしい人からの電話で胸をときめかせると同時に、高校時代に抱いた複雑な感情を思い出してゆく。世界史担当で演劇部顧問だった葉山先生に対する想い。あれは泉の一方通行の想いではなかったはず。だが、現役生たちの舞台に客演することになった泉には、思い出の高校時代とは別に、動いている<現在>があった。それは同じく客演を頼まれて加わっていた他大生、小野君という姿をとって現われる。葉山先生への想いを断ち切ったつもりで小野君とつきあい始めた泉だが、どんなときにもいつも葉山先生のことが頭にあるのだ。そのことに納得のいかない小野君は次第に別の顔を見せ始め、それによってより一層、泉の想いは葉山先生のところへと戻って行ってしまう。
 泉と葉山先生の間には、教師と生徒、年齢差といったもの以上に、どうしても一線を踏み越えられない理由があり、それは次第に明らかになる。それを大きなものとみるか、それでもなお、と見るかは人によって異なるとは思うが……
 教員という立場から見ると、やはり葉山先生に、大人の弱さやずるさ、教師としての立場を利用してるんじゃないかという計算みたいなものまで感じてしまって、いまいちのめりこめなかった。高校生時代とかに学校の先生にあこがれた人とか、年下の女の子にここまで想われたいと思っている男性諸氏などには楽しめる話かもしれないけど……とか思ってしまうのだ。小説としては、そんな部分より、大学生としての揺らぎや、友人の親との接し方や、ふとした日常にわきあがる想いとかの描き方が上手で味わい深いのだが。もしかすると他の作品を先に読めば良かったかもしれない……と反省の念しきりの、実は初・島本理生(苦笑)。



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