「心中する前の日の心持ちで、これからつき合って行かないか?」
             
  「無銭優雅」 山田詠美 幻冬舎

 四十二歳の同い年の男と女が「運命の出会い」をした……と書けば、「オトコイ」、大人の恋を思わせそうだが、これは別に不倫でも駆け落ちでもなく、カクテル片手に気どった恋をするふたりの話ではない。なにせ、「恋は中央線でしろ!」である。
 ふとしたことで知り合った、花屋の私、慈雨と、予備校の国語教師、栄。おじさん、おばさんと呼ばれる年頃であっても、
 まわりの見えていない時の私たちは、いまだ少年少女。
 ジャズバーで他愛のない話をして笑い転げ、
「あんたたち、ほんと、他、見えてない。まるで、この世に自分たちしかいないみたいな態度だもんなあ」
 とマスターにあきれられる。

 中年になったぼろっちい私のことを、栄は愛してくれる。ぼろっちい慈雨ちゃんの修復は楽しい、といって。若者にばばあといわれて傷ついた慈雨のことを、栄は「慈雨ちゃんは慈雨ちゃんだよ。おれにとっての美しい人だよ」といって慰めてくれる。だから、思うのだ。
 私が、ばばあなら、この人も、じじいなんだ。そう思ったら、身を寄せ合う自分たちへの憐憫の甘さが心に染みた。
 素敵な恋愛小説である。山田詠美が中年の恋を書くとは思わなかった、というと語弊があるけれど、ここにあるのは確かに金銭とは別個の優雅さだし、ある意味とてもリアルな男女の物語であるように思う。いくつになったって少年少女の気持ちでいる中年の独身男女にはもう絶対のオススメである。この本のよさは10代、20代にはわからないかも。そういう意味では大人の小説だし、大人のための恋愛小説。
 じゃれあって楽しむ恋を描いているだけでも充分に読み応えがあったと思うが、最後には泣かせどころも、先行きを不安にさせるよなどきどきはらはらのシーンもしっかり盛り込んである。贅沢な気分になれる恋の話。これは絶対にオススメである。




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