「渡辺君は何ができる?」
「モダンタイムス」 伊坂幸太郎 講談社
21世紀半ば、システムエンジニアとして働く「私」は、ある日突然、髭の男に拷問されそうになる。「勇気はあるか?」などと問われても、拷問に耐える勇気などあるはずもない。拷問者は、「私」の浮気を疑った妻、佳代子が送りつけてきた男だった。佳代子は仕事も、年齢さえも実は不詳という恐ろしい妻なのだ。家ではそんな妻に怯え、職場では簡単なはずの作業をしていた先輩、五反田が逃げ出し、その後を引き継いだところ、いっけん単純そうに見えたプログラムの中に、暗号が隠されていることが判明。依頼主と連絡をつけることもできず、このままでは仕事にならない……というようなことから深みにはまる「私」たち。突然現れる新たな拷問者、痴漢の冤罪をかけられ、逮捕されてしまった同僚の大石。自殺してしまった上司。いったい、このプログラムは何なのか。しかも、友人の作家、井坂好太郎の残した小説を読むことで、もしかしたら自分は何らかの能力を開花させるためにわざと恐怖に対面させられているのでは……などという疑いさえ浮かんできてしまう。妻が自分をここまで追い詰めているのは、なにか自分に特別な能力があるからなのか? そして、あるとしたら、いったいそれはどんな能力か。
全体を見通せないまま、目の前にあることだけを片付ける。それはいい方向に向かうこともあれば、悪い方向に向かうこともある。小さなひとりひとりの「仕事」が積み重なって生み出されるものの恐ろしさ。拷問することさえも「仕事」と割り切ってしまってよいのだろうか。人は否応なしに「システム」に巻き込まれているのかもしれない。このシステムに立ち向かうことはできるのか?
「魔王」続編。ではあるが、これだけでも独立した長編として読むことは可能。拷問シーンなど気持ち悪い部分もあるが、全体にはいつもの伊坂作品らしく、乾いたユーモアで綴られていて、ホラー作品というわけではない。主人公が常識的な一般人であるのに、妻の佳代子をはじめ、周囲のキャラクターの突出ぶりも読みごたえあり。2009年度本屋大賞ノミネート作品。
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