「ああ、神さま、ああ」呻きながら、外でチェロキーのジープが動き出すエンジン音を聞いた。「ああ、神さま、どうか――助けて……ひとおもいに殺して下さい」
「ミザリー」スティーヴン・キング(矢野浩三郎訳) 文春文庫
流行作家ポール・シェルダンが目を開けたとき、そこは知らない家だった。どうやら新しい原稿を書き終えた喜びからドン・ペリニョンを飲みながら雪の中ドライブに出ていって、自動車事故にあってしまったらしい。大怪我を負って死にかけている自分を助けてくれたのは、ポールの一番のファンを名乗るアニー。だが、安心したのもつかの間、これだけの重傷者をなぜ病院に連れていってくれないのかという疑問がわき起こる。しかも元看護婦のアニーが渡してくる鎮痛剤の中毒にもなっているらしい。自分はこれから一体どうなってしまうのか?
当初、不気味な雰囲気はありながらも、それなりに優しい顔を見せていたアニーだが、ポールの新作(そしてアニーが大好きなシリーズ)『ミザリーの子供』で、主人公ミザリーが死んでしまったことを知ってから態度が激変。ポールにとっては古くさくて手垢のついたロマンス小説にしか感じられなくても、アニーにとっては大切な作品だったのだから……ミザリーをよみがえさせろ、と。そしてアニーに監禁されたポールは、いずれ訪れる死を遠ざけるためにも、必死で小説を書き続ける羽目になる。
ずうっと以前に読んだことはあったのだが、こんなに気持ち悪かったっけ。と思ってしまった。近年のキングにあるほのぼのした感情や、親子や友人との絆なんてものはかけらもない。雑巾の沈んだバケツの水を飲まされたり、××を××で××されたり(ネタばれになるので伏せ字)、思わず眉をひそめ、ページから目をそむけたくなってしまう出来事が次から次に続く。
とはいえ思いもかけない監禁状態は規則正しい生活を送るヤク中(やたらと集中力が高く、次々にアイデアが浮かんできて、しかも睡眠はじゅうぶん、アルコールによる酩酊なし)、という不思議な存在を生み出し、ポールは生涯にこれ以上ないという傑作『ミザリーの生還』をものにする。だが、小説を書き終えたとき……彼は一体どうなるのか?
最後まで目が離せない一冊。ずっと以前に観たきりだけど、映画もすごかった記憶がある。観なおしてみたい。オススメ。
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