籐椅子に足が見えた。長くて細い、きれいな白い足が一本だけ。
              
「足」(「水無月の墓」所収)小池真理子 新潮文庫

 妹の家に遊びにきた「私」は、ふと子どもの頃のことを思い出す。母の妹の筆子おばさんは、いつも派手な格好をして、週末になるたびに遊びに来ていた。そして、私が小学校五年生になった年の春、泥酔状態のままトラックにはねられて死んでしまった。けれどその年の夏、風呂に入っていた私のもとに、足だけになった筆子おばさんが見えたのだ――
 自分が死んだことを知らない死者にとって、不思議なのは異界か、それとも現実か。生者が死者に違和感をおぼえるように、死者もまた、己と生者とにずれを感じ、その違和感の中でのろのろとした時間を過ごしている。
 現実と異世界がずれていく感覚というよりは、すでにずれてしまった世界に住み着いてしまったものたちの物語。
 そんな中で、死んだはずの夫の帰宅を待つ妻をえがいた「流山寺」はさびしく哀れでせつない。生前の自分と死後の自分との区別がつかなくなっている夫を気遣い、さりげなく振る舞う妻。いつかはやってくるだろう永遠の別れを寂しく思いながら、いまこのときだけを大切にして。そしてある夜、妻はうっかりいってはならない言葉を口にしてしまう。
 死者を切り捨てない視点の優しさ。幻想的な異界ものというよりは、生きることや死に行くことへのせつなさ、やさしさ、哀しみを感じてしまうのは、わたしだけではないだろう。



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