雲間からもれた月の光がさびしく、波の上を照らしていました。どちらを見てもかぎりない、ものすごい波が、うねうねとうごいているのであります。
なんという、さびしい景色だろうと、人魚は思いました。
「赤いろうそくと人魚」(「小川未明童話集」) 新潮文庫
北の海に住む人魚が、どうして魚や、けものなどと一緒にくらさなければならないのだろう、これから生まれてくる子どもには、せめてもしあわせな暮らしをさせてやりたい……と願って、自分の子どもを人間の世界へと預ける。人間はこの世界の中で、いちばんやさしいものだと信じて。母親の願いどおり、ろうそくをあきなう老夫婦にわが子のように育てられていた人魚の女の子だが、ある日、南の国から香具師がやってきて、老夫婦に大金を出すから人魚を売ってくれともちかける。そして……
話自体もかわいそうなものであるが、なにより、この物語のすごさは最後の一行にある(これはぜひ自分の目で確かめてもらいたい)。だいたいにして、小川未明のこの童話集に収められた作品はラストが怖い。つのる恐怖というよりは、ぞくっとくるような……人間のもつ哀しい性を描き出されたような、日常の不合理を突きつけられたような、怖さだ。
たとえば、「金の輪」などという話がある。身体の弱い太郎という男の子がようやく元気になって外に出た日、金の輪をまわしてくる少年を見る。なつかしげな微笑を浮かべるその少年に太郎はなんとなくいちばんしたしい友だちのような感情をおぼえるのだが……これのラストも、怖い。
こんな話もある(現在は題さえ問題視されそうなので書かないが)。
目の見えない弟が吹く笛とともに踊る美しい姉。ある日、姉はまちのだいじんに呼ばれ、一時間で帰って来る、と弟に約束をして出かける。けれど姉の帰りは遅れ、弟はそのあいだに子どもをなくした白鳥とともに飛び去ってしまう。その後、帰ってきた姉は半狂乱で弟を探すのだが、「いままで見なかった、姉の青い着物のえりに、宝石が星の光に射られて、かがやいていました」。この一行のもつ意味は大きい。またしばらくたって、姉は港に着いた人から、自分そっくりな少女と弟がともに暮らしていることを聞かされ、この世の中にはもうひとり、自分よりももっと親切な、もっと善良な自分がいるのだろう、と後悔するのだ。
これが童話だろうか、とも思う。
けれど、これが童話なのだ。
童話のもつなにげない残酷さや、人間への洞察を、この作品集は見事に体現しているものと思う。ぜひ一度、目を通してもらいたい。
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