自分が常識的なルールを超えた存在であることにケインが気づいたら、いったいなにが起こるだろう?
「数学的にありえない」アダム・ファウアー(矢口誠訳) 文藝春秋
物語は薄暗い地下室にある、ロシア系ギャングの賭博場から始まる。数学に関しては天才的な能力を持つデイヴィッド・ケインだったが、頭の中の複雑な計算の結果ではあり得ない確率だったはずのポーカー勝負に負け、多額の借金を背負い込んでしまうはめに陥ったのだ。ロシア系ギャングに追われ、半殺しの目にあうケイン。だが、彼にはもうひとつ大きな悩みがあった。耐えられぬほどの悪臭から始まる神経失調の発作が、彼から職を奪い、人生までをも奪おうとしていたからだ。統合失調症で精神病院に入院していた兄ジャスパーと同じように、自分もまた生きながら死んでいくしかないのか。
物語はケインを中心にしながら、北朝鮮との取引きに失敗し、破滅的状況に追いやられたCIA工作員のヴァナー、愛人の大学院生を使って違法な実験を繰り返す科学者ドクター・トヴァスキー、政府の秘密機関《科学技術研究所》で自らの利益と保身のために動くフォーサイスなど、一癖も二癖もある人々の視点からの物語が描かれてゆく。当初、ばらばらに見えていた物語たちが、後半、いっきに収束へと加速していくさまは、見事としかいいようがない。すべての伏線が絡みあって、思いもかけない結末になってゆく。
帯によれば「炸裂する伏線、伏線、伏線。次々に暴かれる意外な真相」ということなのだが、本当にこのとおり。とにかく下巻になって明らかになる伏線が見事であるし、「前代未聞、徹夜必死の物語のアクロバット」は、まあいいすぎとしても……読み出したらとまらないことは間違いない。
題名からわかるように、確率論や統計論といった「数学的」なことに関しても多くふれられるが、超文系のわたしでも読めたので問題はない。かなりオススメの一冊である。
第一回《世界スリラー作家クラブ新人賞》受賞作。
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