「ホテルマンはお客様の素顔を想像しつつも、その仮面を尊重しなければなりません。決して、剥がそうと思ってはなりません。ある意味お客様は、仮面舞踏会を楽しむためにホテルに来ておられるのですから」
「マスカレード・ホテル」東野圭吾 集英社
都内の高級ホテル「ホテル・コルテシア東京」でフロントクラークを務める山岸尚美に与えられた任務。それは、連続殺人事件の捜査のためにホテル内に潜入してくる刑事をフロントクラークらしく仕込むこと。しかし、フロントに配属された新田刑事は眼光鋭く、お客様に対する言葉づかいも乱暴で、当初から尚美とはそりが合わない。一方、新田にしても、現場を離れた場所での潜入捜査には苛立つことが多く、客のいいなりになっているかのようなホテルのあり方や、サービスの姿にも納得できない部分が多い。些細なことでいいがかりをつけてくる客、わがまま放題の客、おそらく目が見えているはずなのに盲人のふりをしている客……ホテルにはさまざまな人々が訪れる。いつしか、新田はそれを迎えるホテルのプライドと自信を持った対応に感化され、人間的にも成長していくのだが……――
連続殺人事件ではあるが、実際には過去に起きた殺人事件をもとにして次に起こる殺人事件を未然に防ぐための潜入捜査であるため、血なまぐさい場面などはない。ただし、犯人が客を装ってくるのか、それともホテルの従業員の中にいるのか、それさえわからない中での捜査である。疑心暗鬼になりがちな心を抑え、疑わしい相手であっても、あくまでも「お客様」として接しなければならないのは、刑事の新田だけではなく、フロントクラークの尚美にとっても困難極まりないことである。ともすれば怯えがちな心を抑えて、あくまでもフロントとしての顔を保ち続けるふたりの姿がよい。
殺人事件の捜査という流れだけではなく、ホテル内のそれぞれの部署で、従業員たちがプライドを持って働いている姿がすがすがしく伝わってきた。村松友視『帝国ホテルの不思議』と合わせて読むと、一流ホテルで働くことの自信やプライド、職人魂が伝わってくると思う。シリーズものではないので、これだけで読めるのもうれしいところ。
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