「そいつはあらゆるものに入り込むんだ。極小の隙間に入り込んで、そのものを揺すり、ばらばらにくずしてしまう」
「奇跡の少年」 オースン・スコット・カード(小西敦子訳) 角川文庫
これはもうひとつのアメリカの物語である。
物語はある開拓者の家族に、七番目の息子が生まれるところから始まる。彼の父親も七番目の息子であり、迷信や魔法の強く支配する土地では、七番目の息子の七番目の息子は特別な力を持った存在だといわれていた。この少年が、アルヴィン・ミラー。すべてをばらばらにくずしてしまう破壊者(アンメイカー)と闘うことになる、創造者(メイカー)である。
18世紀後半から19世紀のアメリカであり、何気なく読んでいると、「大草原の小さな家」のような、開拓者時代のような気がしてしまう。しかし、このアメリカでは独立戦争が起きていない。そして、キリスト教を信じるヨーロッパ人からは信じられないことに、ここでは魔法を使う人々がいる。ただしそれは、ちょっとしたおまじない、家族の健康を願ったり、料理を美味しくしたりするものだ。ミラー家の者たちも、物を継ぎ合わせたり、上手にロープを結んだりする技を持っている。けれど、アルヴィンは特別だ。彼は固い岩肌から、丸い臼石を繰り抜くことができる。誰よりもきっちりとロープを巻き、兄たちに力を与え、傷ついた組織を癒すことも出来る。けれど、アンメイカーの手がアルヴィンの傍に伸びていることも事実だった。愛する人の心を操り、アンメイカーは少年の命を何度も狙っていた――
アルヴィン・メイカーシリーズ、第一作。残念なことにいまだ完結していない(し、二巻目「赤い予言者」は出ているのだが、それ以降が日本で刊行されるのかも不安)。ずうっと以前、SFマガジンに一部掲載されていたときも、角川から文庫で出たときも、あまりおもしろくないと思いながら読んでいた。が、今回読み返してみて、あまりのおもしろさに、わくわくしてしまった。単純な善と悪の話ではないし、アンメイカーに操られながらも自分は善だと信じきっている愚か者もいる。そして、遠い地でアルヴィンを見守るひとりの少女の謎。そして何より、ミラー家の人々がいい。幼い少年を愛しながらも、怖れている素朴な家族の姿。「エンダー」も、奇跡の少年だったが、実はあの家族は全員が奇跡の人びとだった。それに比べると、アルヴィンはふつうの家族に生まれついてしまった奇跡の少年だ。家族が少年を受け入れるところから、世界が彼を受け入れることにつながってゆく。これからが楽しみなシリーズである――ので、ぜひ続きを出してほしいです、角川書店さま!
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