では、どういう意味合いがこもっているのか。――それは水の底の器のようで、すぐそこに見えているのに、どうにも、つかみ切れなかった。
「街の灯」 北村薫 文藝春秋
ときは昭和初期、ところは東京、上流階級のお嬢さまである「わたし」、花村英子を語り手にして物語りは進む。花村家自体は爵位がないが、日本でも五指に入る財閥の系列の、商事会社社長の娘として、英子の学友は華族のお嬢さまをはじめとする上流階級の人々だ。
そういう、言葉遣いも丁寧で、朝夕お付きの運転手が送り迎えをして――という、どこか「リセット」と似たような世界での謎解きは、ふうわりと優しくやわらかく、と思っていたらそうでもない。当初はまったく遠い聞きかじっただけの話を謎解きしてみたり、兄と友人の他愛のない話を解いてみたりと、ままごとのような謎ときごっこだが、表題作でもある「街の灯」にいたっては、英子のごく近くにあるどろどろした醜い感情のようなものも見え隠れし、お嬢さまとはいえ、当時の女性が生きることの窮屈さのようなものも見えてくる。英子の目を通してみる、この時代の貧しさや活気といったものも、わずかずつしか見えないからこそ、より一層あざやかだ。
連作短篇(中篇くらいはあるかも)集。
のんびりおっとりしているが好奇心ゆたかでちょっと活発なところもある英子のもとに来た新しい運転手、ベッキーさん。別宮(べっく)という名の当時では珍しい女性運転手は、どうやら彼女自身いろいろと謎があるようで、思いもかけないところで大活躍を見せてくれるし、英子が思いつくままに口にした不思議を、いとも簡単に解いてしまう。
彼女は一体何者か? というのは、今後のお楽しみになるのかもしれない。
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