「蚊なんて、人がいつも無造作に両手で潰しているだろうが。神様も意外にそんなもんなんだ。近くにいる。人はそのありがたみにも気がつかず、平気でぱちんぱちん、叩いて殺しちまっている」
                
   「ラッシュライフ」 伊坂幸太郎 新潮文庫

 醜悪な成金の画廊と新幹線に乗っているうら若き女性画家。皮肉交じりの「美学」をもつ泥棒。神に憧れる青年。夫の殺人を企む不倫妻。職を捜し求める中年男。さまざまな人々のさまざまな人生が交錯する一瞬。それは駅ですれ違うだけの関係だったり、あるいは過去につながっていた関係だったり、あるいは妻と夫だったりする。人生の縦糸と横糸がちょうど絡み合った地点を、ある特殊な方法で描いた作品。
 物語は当初それぞれの視点で描かれているため、いったいこれがどういう仕掛けなのか、どんな風に終着するのかまるで見えない。ただし、ひとつひとつのエピソードの面白さが、決して飽きさせないことだけは確かだ。例えば、不倫している気の強い精神カウンセラーと気弱なサッカー選手が、それぞれの配偶者を殺す策を練るのだが、女の気の強さや底意地の悪さに対して、男の意気地のなさと過去の栄光のみにしがみつくさまがもたらす、力関係の微妙さとか。四十社連続不採用になった男の挫折と諦めのムードとか。自分の美学を貫く泥棒の憎めない生き方とか。それらがユーモアを交えて積み重なってゆく。途中、いったいこれはミステリなのかSFなのか、と不安にさせるエピソードも出てくるのだが、それがちゃんと収まりのいいところに収まるのもまた秀逸。
 物語の構成の妙で読ませる作品だといっていいだろう。最後まで読んだら、もう一度最初に戻って読み直したくなる、そんな作品でもある。オススメ。



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