「ラヴレターだよ。俺、こんな凄いラヴレター初めて貰った……」
           「恋文」 連城三紀彦  新潮文庫

 短編集「恋文」には、五つのものがたりが収められている。表題作でもある「恋文」と「紅き唇」「ピエロ」は、それこそ登場人物のことばを借りれば「惚れるって、相手にいちばん好きなことやらせてやりたいって気持ちのことじゃないかな」と……そのとおりに、惚れた相手のために離婚届を書く妻、せつない嘘をついてひとり去っていく男、そんな人々の話である。
 自分がいなければどうしようもないと思っていた、子ども同然の年下の夫。そんな夫が、むかし別れた恋人が死病にかかっているからと家族を放って姿を消してしまう。そのとき妻をおそった心境はどんなものだったろう。怒りか、嫉妬か。連城三紀彦の描く登場人物は、そう簡単にはおさまらない。仲のよい従姉として、夫を奪った女の病室に通っていくのだ。粗筋だけを聞けば、まさかと思い、そんなのあり得ない、と感じてしまうだろう話は、細かい心情の積み重ねで、哀しいほどにリアルに見えてくる。
 連城三紀彦の登場人物たちは、いつも、どこかとてもさびしい。愛し愛されているはずなのにふと忍び寄るすき間風、口からでまかせの不倫話に自分の浮気の告白で答える夫。困惑と怒りと情けなさと、そんなものが去ってみれば、やはり見えてくるのはせつないほどの夫の愛情だったりする。
 見えているはずなのに見えないもの。そういう意味では最終作「私の叔父さん」がいちばんだろう。見ていたはずなのに見えなかった、聞こえていたはずなのに聞こえていなかったことばは何なのか。それはぜひ、自分の目で確かめてもらいたい。そして、そのためにも、ぜひあとがきは最後まで読まないように。ここまでひどいネタバレのあとがきは……近年めったに見られない、というほどのものだからであることを付け加えておく。



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