榎木津は透かさず、
「この人はいつかどこかで会った何とかと云う名前の人だ」
 と、紹介した。されないほうがマシな紹介だった。
       
 「百器徒然袋――雨」 京極夏彦  講談社

 ご存知京極夏彦の探偵小説、これはいわば番外編ともいうべき中編が収められている一冊。
 京極夏彦の探偵小説シリーズは、バッタ切りすれば、限りなく犯罪者に近く存在感も薄い関口という主人公と、探偵の榎木津、読者評によれば探偵と目されている古本屋の京極堂、その他もろもろ個性的な面々が織り成す不可思議な、けれど本格的な推理小説となっている。京極堂の高説やキャラクター造型その他もろもろが女子高生あたりにはやけに受けているが、意外に本格推理なのである。
 ……いや、あった、というべきか。
 今回のこの「百器徒然袋――雨」はとりあえずいままで受けてきたキャラクターを全面に押し出して遊んでしまえ、というのがみえみえの作品であり、もちろん推理小説として面白いからいいのだけれど、なんというか、複雑な気持ちにならざるを得ない。だいたい、初期には「聡明」であるとされていたはずの榎木津が、どう考えても幼稚園児並みの言動を繰り返すさまは……うーん。
 じゃあ、こんなところに紹介文を書くなよ、ということになるのかもしれないのだが、でも面白かったのだ。わたしは(2000年4月現在)既刊の中では「ハコ」がいちばんだと思っているのだが、この中編集はその次に位置してもいいと思っている。くだらないけど、頭を使わずに楽しみたいとき、常識はずれな話を楽しみたいとき、にはもってこいだと思う。



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