「ムッシュー、やはり世間の噂どおりでした。アンジェルッチアはあの首飾りにさわられた日に死んだのです!」
「何だって?」
           
「ビロードの首飾りの女」(「ガストン・ルルーの恐怖夜話」所収)ガストン・ルルー(飯島宏訳) 創元推理文庫

 コルシカのヴァンデッタ、殺されたものの一族が殺害された一族に対して行う復讐譚として、これほど恐ろしい話があるだろうか。コルシカのある町で、外洋艦隊の艦長ゴベールはビロードの首飾りをした美しい女を目にする。しかし、彼女は全身の血と生気とが涸れつくしたかのように青ざめ、首を動かすことはまったくなかった。彼女の首は元夫にギロチンで切り落とされ、ビロードの首飾りによってつなぎとめられているのだというのが、もっぱらの噂。まさかそんなことが、と疑う艦長に、彼女がギロチンにかけられたのを目の前で見ていたというピエトロ=サントが真実を語りだす。
 短編集。
 収められた短編のほとんどが、ツーロンのカフェ・ド・ラ・マリーヌを囲んだ元船乗りたちによって交互に語られる恐怖譚である。ミシェル船長が自分の片腕を無くすまでの出来事を語る「胸像たちの晩餐」、船乗りのザンザンが若き日の恋と、結婚相手が次々に謎の死を遂げる美しい娘について語る「ノトランプ」などなど。ときには互いにちゃちゃをいれ、そんな話など怖くはないといって途中で立ち上がって去ってしまったりもする。しかし、長い年月の中、もっとも恐怖を感じた瞬間のことを語る船乗りたちの話はどれも趣向に富んでおり、飽きることはない。しかも、どの話もさりげない伏線や微妙な人間の心理につけいった恐怖を描いた点で見事。
 「オペラ座の怪人」もいいけれど、たまにはこんな短編でルルーを楽しむのはいかがだろう。




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