「ああ、これ、友達の真奈美がさあ、欲しいっていうから。だってこんな古くさくて、だっさいポスターだモン。三千円で十分だよね。本当は二千円でもいいかとも思ったけど、越名さんも喜ぶと思ってエ」
 無邪気にも自らに一二○パーセントの称賛を与える表情と声質を聞いた瞬間、不意にわたしの胸中に沸き上がったのは紛れもなく殺意だった。
           
 「孔雀狂想曲」 北森鴻 集英社文庫

 東京、下北沢にある骨董品屋、雅蘭堂。店主の「わたし」越名は若い割に目利きではあるが、さほど金にこだわらない部分があって、店はいまひとつ流行ってはいないし、儲かってもいない。だが、持ち込まれたものにまつわる想い出や、一癖もふた癖もある来歴に関することになると、越名の「目利き」は品物の値踏みとは違った方向にも動き出す。今日も今日とて……
 雅蘭堂を舞台にした連作短編集。
 骨董品というか、古民具というか、単なる古い雑貨というか。越名が扱うものは、やたら高いものから、些細なものまで幅広く、骨董品屋仲間には胡散臭い連中も数多い。持ち込まれる品物をめぐるやりとりで、警察とかかわることも少なくない。越名がかかわる謎もまた、ちょっと不思議な話から、殺人事件まで幅広く、後味のよいものばかりではない。そんな中で、一話めで万引き未遂で越名にとがめられたにもかかわらず、いつしか店に居ついてしまった女子高生、安積とのやりとりが作品にほっとする空気を与えている。
 わたしが好きなのは「根付け供養」である。指し物職人としての情熱を失い、いい加減な仕事をしたことを越名にとがめられたことをいまでも忘れられずにいる、職人の島津。いまは根付け細工師として、しかも江戸時代の根付けの偽造者として闇の世界に生きる彼が、ふたたび越名の名を耳にする。根付け細工には自信がある。この根付けに、越名はいったいいくらの値をつけるだろうか。彼を騙し切ることができるのだろうか……。屈折した矜持と、いつもながらに淡々とした越名の物腰の落差、そして安積も絡んだ事件がもたらした思いがけないラストがよい。
 しっとりしとした趣のあるミステリである。



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