その想いはやがて、だれを、どうやって、なぜ、という理由や動機の部分を失い、ただ純粋な一念へと結晶化された。
それはただ一念だった。
《殺してやる》
「蒼いくちづけ」神林長平 ハヤカワ文庫
ブルーの瞳、流れる金色の髪、美しい17歳の少女ルシアは、いまにも殺されそうになっていた。テレパスと普通人が共存する月開発記念都市でテレパスとして生まれたルシアには、いままで何ひとつとして良いことがなかった。親に捨てられ、誰からも愛されず。そんなルシアを初めて愛してくれた恋人、チャド・ケーン。しかし、彼はチャドの精神感応細胞を奪い、チャドに成りすましていた犯罪者だった。彼は次にルシアの精神感応細胞を奪おうとしていたのだ。彼から逃れるために自ら死地に飛び込んだルシアはやがて脳死を迎えるが、体内に残存した憎悪の念が周囲を汚染してゆく。方向性を失った憎悪は、ただひたすら《殺してやる》という想いしかなかったからだ。
普通人とテレパスの刑事たちでは手に負えず、ついにテレパス凶悪犯罪者を追う無限心理警察機構のサイディック、OZが呼び出された。かつて、ルシアと不思議な接触をしたことのあるOZは、ルシアを助けるべくある非常手段に出る。
いきなり冒頭で綺麗な女の子が殺されてしまう……が、彼女が主人公だ、といって間違いない。彼女の残した憎悪、怨念、そういったものに周囲の人々が苦しめられていく。彼女のその想いがあったからこそ、犯人への手がかりとなる。そして、これは愛に裏切られて死んでしまった少女と、愛を捨ててしまったOZとの恋物語だということもできる。後半のふたりのやりとりは悲しくせつなく、だからこそ、最後の最後で……泣ける。
神林長平が恋愛小説を書くとこうなるのか……オススメです。
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