「ゆるす、ゆるす。先代がそなたらにかけた誓いの手綱をいま解くぞ。甲賀か、伊賀か、勝ちの帰するところ、恐れ多くも将軍家の天命をさずかりたもうおん方がきまるのじゃ。いまだかつて、これほど大いなる忍法の争いがあったか。よろこんで死に候え」
甲賀忍法帖 山田風太郎 角川文庫
美しい天守閣を背景に相対するふたりの男。異様でおそろしく醜い容貌をした爬虫のような男と、青春の美の結晶のような美少年。音もなく相対した彼らこそ、甲賀と伊賀の選ばれた忍者であった。源平のむかしより、あくまで和睦せず睨みあっている二つの一族。先代服部半蔵との約定により抑えられてきた彼らの誓いが、大御所家康の命によって解かれたのだ。選ばれたそれぞれ十人の忍者たちにより決戦の後、決定するのは将軍秀忠の後継ぎである。愚昧な兄か、英明な弟か。 折りしも、伊賀忍者頭目の孫娘朧、甲賀忍者頭目の孫弦之介は互いに愛しあい、ふたりの婚約によってふたつの一族は和睦を目前としていたというのに。しかし、若いふたりの思いとは別に、将軍家の思惑すら関係なく、禁を解かれた忍者たちの争いは見境もなく開始されてしまう――。
それぞれに異なる技を持つ忍者たち、しかも伊賀と甲賀にはカードの裏表のような技をもつ者たちがいる。彼らの技がぶつかりあい、火花を散らすとき、凄絶なまでの死闘が繰り広げられる、その興奮。そしてなにより裏表なのは、弦之助と朧。瞳の幻術により相手を操る弦之介と、修行して体得したわけでなく、ただその瞳をむけるだけで相手の幻術をたちどころに破ってしまう朧。このふたりが向きあったとき、生き残るのはどちらなのか。闘いが始まる以前、恋の最中に抱いた弦之助の問いが、現実のものとなる日がせまる。
とにかくおもしろい。嘘みたいな話なのだから、いいわけなどつけなければいいのに、と思うのだが、作者がいちいち説明を入れてくれるのがまたいい(塩に身体が溶ける男、身体に槍を飲みこんだ男、唾液によって相手にめくらましをかける技……これらにいったいどんな「説明」がつくのか、それだけでも知りたいと思いません?)。解説の北上次郎氏によれば、隆慶一郎を読んで時代小説にはまった若者が、読む本をあさって昔のものに…と辿りつくと、山田風太郎になるのだとか。解説にもまた、大きく頷いてしまうのである。
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