「愛なんて別に免罪符でも何でもないのよ。あなた、自分一人が旬平を愛してると思ってるの?」
「隠れ菊」 連城三紀彦 新潮
平凡な顔、平凡な身体、平凡な生活。料亭に嫁ぎながらも、家を守ってくれればいいから、の言葉で店から締め出されていた通子。名女将が亡くなった後、そのことこそが表向きには優しい姑であった人の嫁苛めであったとつくづく感じていた通子に、さらなる事件が持ち上がる。遊びを知らないから料理にも色気がないとまでいわれていた夫の旬平に、愛人がいた。しかも、その女、多衣はすでに旬平の署名入りの離婚届までもっていたのだ。
多衣は亡くなった女将に譲り受けたという帯を締め、さあ別れろと迫ってくる。無口な旬平は多くを語らない。そして、通子と多衣、女二人のたたかいが始まった。
容姿でもビジネスの面でも負けている通子は、それでも料亭「花ずみ」の女将の座を多衣に渡すことに耐えられない。離婚してもいい、でも女将は私にやらせてください。そう口にしたときから、「平凡な主婦」という衣の下に隠れていた大輪の華が開きはじめる。借金や同業者の嫌がらせ、娘の反抗――女将としても母としても問題は山積みだが、いつしか通子は力強く生きていく。
連城作品にはよくあることだが、この話も女ふたりがいつしか奇妙なかたちで手をつなぐようになる話にも読めてくる。最後まで、これはたたかいだ、わたしの負けだ、わたしの勝ちだ、と胸のうちで呟きながら。それでも女たちのあいだにあるものは、友情とは呼べないながらもたしかな絆である。
それにしても、多衣がいい。通子にとっては、美しい多衣が愛ということばを口にすると、まるで綺麗な女しか愛する資格がないみたいに、と苛立たずにはいられないが、しかし……ほんとうに、それは純粋な愛だったのだろうから。妻子ある男をこころから愛し、そしてその男のために尽くす多衣。彼女の生き方の、ある意味、凛とした美しさは見事である。
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