自分は生きている。しかし河野明日香は生きてはいない。
自分は何者なのだ。
「天使の牙」 大沢在昌 小学館
警視庁保安二課に所属する刑事、河野明日香は、急速に拡大しつつある犯罪組織「クライン」のボス君国のもとから逃げ出してきた愛人、神崎はつみの保護を命じられる。しかし直属の上司の他、警察内部でも数名しか知らないはずの情報が漏れ、明日香とはつみはあっというまに殺されてしまった。しかし、クライン撲滅にすべてをかける上司の芦田は、世界最高の脳外科医たちの力をかり、明日香の脳をはつみの身体に移植することに成功する。
半年後、はつみの肉体と明日香の脳を持つ「アスカ」に与えられたのは、囮として警察内部の内通者を見つけ出し、クラインを叩くことだった。しかしほぼ同時にクラインも「はつみ」奪回に乗り出していた。力と力がぶつかり合う死闘の中で、アスカはかつての恋人、仁王に対する疑いを捨てきれずにいた。情報を流し、結果的に自分を殺したのは仁王だったのか。それとも、彼は信じていい存在なのか。
……ま、SF。とかいってしまうと語弊があるのだが、男まさりでガタイのでかい女刑事が、麻薬組織のボスの愛人(もちろん飛び切りの美人)に脳移植されるという設定そのものがSFなので、これについていけない人は、まず駄目かもしれない。とはいえ、巨大犯罪組織のボスでありながらやや幼稚に歪んでいる君国だの、その部下で不気味な存在感たっぷりの神、明日香の恋人の仁王など、登場人物たちはいずれも個性的でいきいきしている。登場人物を丹念に描いている割にはどんどん殺されていくところも、あまりに人の命が軽く書かれすぎてんじゃないかと思う人もいるかもしれないのだが、テレビ時代劇を警察モノとして書いているんだよな、と思えば許せるんじゃなかろうか(それにしても最後のほうは残酷なんだよなー……他の誰が死んでもどうでもよかったのですが、某氏が殺されたときには泣きましたよ、わたし)。
ブス(というほどでもないが)が美人になったとき、かつての自分の恋人が好きなのはどういうタイプなの? とかいうような悩みが出てくるのは、続編「天使の爪」。アスカと仁王の話は今後も楽しみである。
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