「ひとつ心に刻んでおきなさい。王獣は、けっして人に馴れることはないわ。どんなに心をこめて世話をしても、あなたに馴れることはない。あなただけが特別だということは、絶対にないのよ」
「獣の奏者」 上橋菜穂子 講談社
大公領で闘蛇衆のひとりとして暮らす少女エリン。だが、戦闘の要である闘蛇<牙>が原因不明の病で全滅し、獣ノ医術師である母は責任を問われて処刑されてしまう。闘蛇に噛み殺される母を救おうとしたエリンだったが、逆に死の直前の母に命を救われ、闘蛇の背に乗って、遠く真王領まで運ばれてしまう。孤児となったエリンは蜂飼いとして暮らすジョウンに助けられて成長するが、死の直前、闘蛇を指笛で操った母の姿を忘れることはできなかった。なぜは母はエリンだけを助け、自身を救うことをしなかったのか? なぜエリンとともに生きる道ではなく、闘蛇に噛み殺される道を選んだのか? やがて成長したエリンは王獣ノ医術師を育成するカザルム保護場で学び始めるが、親と引き離されたばかりの幼獣リランと出会ったことで、エリンの運命は大きく揺らぎ始める。けっして人に馴れない王獣は、けっして人に馴らしてもいけない獣であったはずなのだ。そのことを知らず、懸命に世話をすることで王獣とこころを通わせはじめたエリンだが、王獣も闘蛇もただの獣ではなかった。それは、政治的な獣、彼らを操るということは、不安定なこの国の政情に関わらざるを得ないことを意味していたからだ。
どんなに親しんでも、どんなにこころが通いあうと信じていても、人間と獣とでは違う。それがわかっていて、なお王獣とかかわりつづけるエリン。そんな彼女を巻き込んだ大きな運命の流れ。そして王獣とは、ほんとうに心を通わせることができないのか?
上下二冊はあっという間。重厚な雰囲気をもちながらも、少女の成長を描いていて読みやすい。登場人物もそれぞれに魅力的で個性的。最後のシーンは涙なくしては読めない。絶対のオススメである。
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