「天皇家が保存して来た門外不出の古文書には、日本史の定説を根底からくつがえすような記録がごろごろしています。そのひとつに、嘘部という集団があったという記録があるのです」
               
「闇の中の系図」 半村良  角川文庫

 小説家というのは大概が嘘つきである。読書の楽しみの中には実際、上手な嘘に騙される快感というものもあると思う。中でも半村良という作家はすこぶるつきの嘘つきではないか――と思われてならない。この物語は、嘘をつくことで表舞台ではなく闇の中で日本の歴史に関わってきた、嘘部(うそべ)という集団を描いたものである。
 主人公、浅辺浩一は学歴がないことや家柄がよくないことをすべて嘘で飾り、いかにも良家の子息が世間を覚えるために、ただそれだけのために、こんな工場で働いているのだ……というふりをしている。実際は三流の高校を出て、腰が落ち着かぬために何年か無駄にして、ようやくこの工場の見習工として雇ってもらえているだけだというのに。この、浩一の嘘のつき方が見事なのである。同じバスに乗り合わせるデザイナーの気を引くためにスパイめいた行動をとるなど、細かい技を使いながらも、けっこうでかい嘘をつく。
勘、生来の才能、浩一の嘘は天才的だ。そして、浩一は嘘部の末裔を探していたある人物により、日本の歴史の闇舞台で活躍すべくスカウトされる。
現代の日本といっても、この物語の舞台は1970年代あたりだ。オイルショックをネタにしてあるところから見ても、たぶんそれで間違いないと思う。けれど、古いとは感じない。それはおそらく、ここに描かれているのがいつの世にも変わらぬ、人間の底に流れている何かだからなのだと思う。感情、生き方、願望、欲望、なんと表現したらいいのかはわからないけれど、そういうもの。
そして嘘つきの浩一に与えられた逆転ホームランとでもいうべき最終ページ。短い数行の台詞に、この作家は人間の業をよく知っているな、と、にやりとせずにはいられないのである。



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