図書室で静かに本を整理しながら、ぼくもまた彼らと同じように、ここにやってきたことを思い出した。何なのかよくわからない何かをさがして、やってきたことを。
          
「刑務所図書館の人びと:ハーバードを出て司書になった男の日記」アヴィ・スタインバーグ(金原瑞人、野沢香織訳) 柏書房

 主人公の「ぼく」、アヴィは宗教に熱狂するまじめなユダヤ人高校生から、ハーバードで女の子と酒とドラッグを覚え、人生の目標を失って新聞の死亡記事を書いて生活していた。そんなある日、ウェブの求人サイトでちょっと変わった求人広告を見つける。刑務所図書館の司書。司書の資格はないが、安定した職で健康保険に入れるのであれば、面談を受けに行くだけでもいい……そんな気持ちで応募した彼を待っていたのは、風俗の男、サイコキラー、ギャング、銃器密輸人、銀行強盗、詐欺師。強面の受刑者たちのやってくる図書館での人気本はなんといってもヒップホップ小説や法律関係の話。本のあいだに挟まれた「凧(カイト)」と呼ばれる手紙を抜き取ることも仕事のうち。特定の誰かに、あるいは不特定の誰かに宛てて書かれた「凧」は、ときに驚くほど文学的で、彼はそのうちのいくつかを書きとめずにはいられない。
 ごくふつうの青年がふれあうことになった犯罪者たち。図書館で見せる顔はそれほどの悪党ではないので、彼自身ふと勘違いしそうになるが、やはり彼らは犯罪を犯し、おそらくはこれからも犯罪を続けていくだろう人々だ。そんな相手に親しみを持っていいのだろうか……? 捨てた息子に刑務所の中で再会してしまった母親、料理人になるという将来の夢を語る男……さまざまな人々と出会う中で、いつしか彼ら個人を見るようになっていく主人公は深い悩みを持つようになっていく。
 刑務所図書館で働くという異常な状況がまずおもしろい。街中で強盗に襲われると、それがかつての知り合いの受刑者だったり(まだ返していない本が二冊ある、などと得意げにいわれてしまう)、なんてことは、刑務所図書館勤務ならではのことだろう。とはいえ、おもしろいのは最初のうちだけで、彼のおかれた状況はやはり過酷だ。刑務官とは違う「司書」という立場だからこその悩みもあるだろう。
 人生の目標を失い、何をすればいいのかわからないまま日々を過ごしていた青年が、静かに本を返す受刑者と知りあうことで、大切なことに気づくシーンは秀逸。オススメ。



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