彼女たちはワーカーのように短い一生を戦いのうちに過ごすことはない――そう思うと、マリアはワーカーとしての自分を少し悲しく思った。そして先に死んでいった姉たちを哀れんだ。
「風の中のマリア」百田尚樹 講談社
オオスズメバチのマリアは、夏の終わりに生まれた。獲物があふれるほどにいたという夏に比べ、マリアの生きるこの季節では、獲物を見つけることが少しずつ難しくなってきている。しかし、旺盛な食欲をもつ妹たちを育てるため、帝国をより栄えさせるために、マリアはわずかな間も惜しんで、狩りに出かけるのだ。しかし、ワーカーとはどういう存在なのだろう。「偉大なる母」の娘として、短い命をすべて帝国に捧げる。自分の子どもを持つことはなく、ハンターの生をまっとうする姉や自分は、いったい何のために生きているのだろう――
物語は、羽化して四日めという若いハンター、そのスピードから疾風のマリアと呼ばれるワーカーの成長とともに、夏から秋という季節の移り変わり、成長し切った帝国が次世代の女王蜂を育て、終焉を迎えるまでを描く。最強のハンターであるオオスズメバチは、バッタやカマキリ、そして同じ蜂の仲間であるセイヨウミツバチなどを襲う。だが一方で、オオスズメバチも、ときにはオニヤンマにやられ、台風の雨風で命を落とすこともある。そこに描かれる自然の厳しさ。けれどそこから感じられるのは、残酷な現実といったものではなく、かえって命の大きさや迫力、荘厳なまでの美しさだ。
圧倒的な迫力とスピード感。読了後は、マリアとともに短い生を生き抜いた充足感に満たされるだろう。オススメ。
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