「俺は、そもそも俺がこの世に生を享けたのが罪だと思っている」
「海は涸いていた」 白川道 新潮文庫
伊勢孝昭。暴力団に会社の経営を任されてはいるが、決して組員ではない。むしろ不器用なほどに真面目な男なのかもしれない、彼。しかし、伊勢には殺人の過去があった。名を変え、誰にも気づかれぬように静かに生きていたはずの男が、しかし、新たに引き起こされた殺人によって否応なしに表舞台へと引きずり出されてゆく。捨ててくれと頼んだはずの拳銃で犯された事件により、伊勢の過去が暴かれようとしていたのだ。自分だけならばいい。けれど、伊勢には決して誰にも知られてはならない秘密があった。それは、盲目の天才ピアニストとの血のつながり――孤児院で別れたはずの妹がスキャンダルにまみれるのを畏れて、伊勢が動き始めたとき、ヤクザ同士の抗争も勃発する。伊勢を追う警視庁の刑事、佐古。捜査を進めるうちに、誰よりも伊勢を理解した彼が願ったこととは、いったいなんだったのか。
孤児院。盲目のピアニスト。虐待。殺人の過去。ヤクザと刑事のこころのつながり。こうやって書くと恥ずかしいくらいにクサイ話なんだが……いい。いままで白川道を読んだことのなかった自分の不明を恥じてしまったほどに良い。自分の信じるものに従って生きようとすると、生きることが難しくなる。過去を守るのではなく、未来を生きようと口にしながら、誰よりもその虚しさを知る自分。先の見えた生を他人のために生きるふりをする切なさ。「一生恨まれていよう」と口にする刑事。かっこいい。としかいいようがなかったりする。
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