今ここに、内政に長じていて、しかも陽気で任気が強く家臣の処遇も手厚いが、いくさの采配がさほどうまくない武将と、性格に癖が強くて人望も薄いが、いくさには滅法強い武将がいたとしよう。
家臣としては、どちらの武将を主君に持ちたいであろうか。
「哄う合戦屋」 北沢秋 双葉社
天文十八年、春。横山郷の領主、遠藤吉弘の娘、若菜は、街道横の草原に腹ばいになる一人の男と出会った。石堂一徹。名高い豪将でありながら、誰に仕えても長続きせず、浪人暮らしをしている異形の男である。しかし、元来が素直に育ち、臆することのない若菜は一徹を館へ誘い、当初、客分として逗留するはずだった一徹は、吉弘の気性を知って、家臣となることを願う。だが、三千八百石ばかりの遠藤家では、一徹を存分に遇することなどできないのに、いったいなぜ、一徹はとどまることを望んだのだろう。吉弘の疑問が解けぬまま、しかし、遠藤家は一徹の巧みな戦略によって、わずかの間にみるみる一万五千五千石、二万石の大大名へと領地を広げることになってゆく。戦国に生きる武将として、領地が広がることはありがたい。しかし、一徹がもたらしたものは、吉弘が望む以上のことだった。しかも、滅多に笑うことなく、当時の武将にありがちな合戦の手柄を語ることもなく、個人の働きよりはむしろ軍略を重視する一徹に対しては、吉弘をはじめ、心をひらいて話すことのできるものは少なく、どこかに不信感が残らざるを得ない。そんな中、若菜だけが、一徹の中にひそむ芸術や文学を愛する心を知り、こころを通わせていたが、ひとり娘を溺愛する吉弘にとっては、そのこともまた、一徹を快く思えない心情へとつながってしまう。
「哄う合戦屋」とあるので、明るい武将を想像して読み始めたが、そうではない。一徹はむしろ暗い雰囲気を身にまとった男で、声をあげて笑うことなどほとんどないのだ。従者の六蔵はひそかに、天下を争う戦に勝ったときでなければ声をあげて笑わないのではないかと思っている。さて、そんな一徹が笑うのはいつか……?
当初は猛将を手に入れたことで単純に喜んでいた吉弘も、それが自分の分を超えてしまったときには、不安から苛立ちや不信を抱いてしまう。しかし、父と一徹のぎこちない溝を感じながらも、なんとかしようと心を砕く若菜。武骨な男と、無邪気な姫とのこころの交流がなんともいえず、さわやかでよい。オススメ。
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