「慈しむとか、大切にするとか、尊ぶとか、そういうことが、観念でなく、出てくるのよ……」
    
「からくりからくさ」 梨木香歩 新潮文庫

 アメリカから帰国してきて、「からくりからくさ」を再読した。登場人物のひとり、マーガレットの日本語に対する、みなの不思議な感覚……
「おかえり。走ってきたの」
「ええ。これが、私のいつも」
 その日本語はおかしい、と皆一瞬思うが、だったら、何と言い直せばよいか、と考えるとめんどうくさくなって、意味がわかるのだからまあいいだろう、と妥協した。

 なんていうところに日本語教師インターンをしてきた身としては妙に納得してしまったりする。そういうところもおもしろい。
 さて、「りかさん」の続きでもあり、独立した話としても読めるこの話は、四人の女性の共同生活である。主人公、というよりもその中のひとりである蓉子が、「りかさん」のようこの成長した姿だ。
 女の子が人形遊びをやめるのはいつだろう? 家主でもある蓉子は、りかさんという人形と語り、過ごした日々を語るが、それを受けいれることにはかなりの勇気と葛藤がいる。特に、合理主義者であるマーガレットはそうだ。けれど、いつしか生活の中にりかさんは根付いている。四人の女性たちを見守るように。糸を染め、機を織り、彼女たちの生活は静かに、けれど確実に過ぎていく。それこそ、観念ではなく。その一方で登場する男たちの観念的なことばはどうだろう。少しひいた目で見れば、男の子どもっぽさや女の生活に根付いたしたたかな強さなども見えてくる。
 りかさん、という人形は誰が何のためにつくったものだったのか。謎解きのおもしろさも味わうことのできる逸品。
 そして……りかさんの着物の柄と、登場人物たちの名前を重ねたとき。「よきこときく」。与希子と紀久。蓉子とマーガレット(キク科の植物だ)。「よきこときく」「ようこときく」。この物語が細部まで考え抜かれたおそろしく細かい織物であることも見えてくるような気がするのである。



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