「のう、黒田……時代の移り変わりちゅうもんを把握せんとあかんぞ」
             
   「唐獅子株式会社」小林信彦  新潮文庫

 五年ぶりに刑務所を出てきた不死身の哲こと、黒田は、ひさしぶりに訪れた二階堂組が<唐獅子通信社>となっていることに驚かされる。なんと、本家である須磨組の社内報を作るのを引き受けた、というのだ。大親分の須磨義輝による「人の和」をモットーにした社内報だというのだが、大親分のニースでの褌姿の表紙といい、安定剤なしには読めない文芸作品といい、このままではいったいどうなってしまうのか危ぶまれる。しかし、それはほんの手始めにすぎなかった。大親分の気分次第で、彼らは放送局、映画産業、音楽祭、ついには某国との外交にまで手を染めることになってしまうのである。
 思いつきだけで次々に無茶な命令を飛ばす大親分と、それに応えるべく神経をすり減らす黒田の組み合わせが良い。現実的な黒田を支えるのは、同じく、なんとか軌道修正をすべく頑張るインテリの原田、大親分並にただただ暴走していくがなぜか憎めないダーク荒巻。須磨組の<人の和>なんて信じられるかとばかりに、彼らの後ろをひたひたと付いてくる栗林警部補の存在もよい。というか、なんでこんなところに、というところまでついてきて、ときには彼らを救ってくれるのだ。
 それにしたって。大親分が夢中になるのは、いわゆる現代の流行モノ。あまり目先の流行にとらわれるのはよくないんじゃないか、と、黒田でなくても思ってしまう。ライフ・スタイルの変更、なんていいだしたときには、しゃべりかたや文章まで変わってしまうのだから、思わず噴き出してしまう。
 といっても、ベストはダーク荒巻による「だれが駒鳥いてもうた?」につきるだろう。ご存じ、マザー・グースの童謡をヤクザ風に翻訳したもの。
「だれが駒鳥いてもうた/わいや、と雀が吐きよった/私家(うっとこ)にある弓と矢で/わいがいてもた、あの駒鳥(がき)を」ではじまる詩は、必見。オススメ。




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