「捨てろっていうのか。本当にすっからかんになるまで……」
「捨てなさい。捨てて幸せになりなさい」
「ゴサインタン:神の座」篠田節子 文春文庫
40歳になる直前、地方の豪農の一人息子である結木輝和はネパール人女性との見合いをした。可愛がっていた猫の死んだ日だった。言葉は通じなくとも、両親をいたわり、側にいてかいがいしく尽してくれるだけでいい……妻となる相手に求めるのはただそれだけ、そう望んでの見合いだったが、母が気に入って選び、輝和が初恋の人の名をとって「淑子」と名付けたカルバナ・タミという女性は、なかなか日本になじもうとはしなかった。いつまでたっても言葉が通じず、衛生観念もない彼女に、我慢強く日本のしきたりを教えようとしてきた母も匙を投げ、輝和も不倫に走ってしまう。だが、寝たきりだった父が亡くなったころから、淑子の身の回りで不思議な現象が起きるようになった。そしてついには彼女を神と崇める人々まで集まり始め、輝和の意思とは別に、さらには輝和がすべてを失うのと同時に、新しい宗教団体が生まれつつあった。彼女はいったい何者なのか。
両親を失い、しかも妻のせいで全財産をも失った男が再生していく物語。すべてを無くしていく過程の凄みと、何もない状態にささやかな幸せとかすかな疑問を感じて過ごす時間の穏やかさ、そして再生に向けて立ち上がってゆく力強さ。いってしまえばただそれだけを書いているのだが、なんともいえず引き込まれてしまう。
わがままでだらしなく怠惰、という日本の中年男の典型のような輝和が堕ち切ったところで再生していくというのがいいのかもしれない。女医や外国人支援団体の女性など、輝和のダメ男ぶりを諭す女性たちの常識的発言が、輝和の耳には素直に届かないあたりもリアル。
長さは苦にならない。第10回山本周五郎賞受賞作。オススメ。
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