だめなのなら、ふたたび言いかけて、やめた。だめなのは、自分も同じだった。よその生き物に、だめなのなら、などとは言えなかった。
        
「夏休み」(「神様」所収) 川上弘美 中公文庫

 原田さんの畑で梨をもいでいるとき、白い毛の生えた三匹の生き物と出会う。梨を食べながら、「こいつだめ」「なかなかだめ」「梨おいしいのに」「梨大きいのに」などとしゃべる生き物。
 ……かわいい。
 この短編集に収められた話は、どれもどこか「かわいい」とひとくくりにしたいものばかりだ。くまと散歩に行くある日。死んだ叔父と交わす会話。壺から出てきて勝手なことをしゃべりまくるコスミスミコ。物の怪との不思議な生活を語る猫屋のおばあさんの話。そうかと思えば、拾ってきた人魚に文字通り魅入られてしまう「離さない」なんて短篇も収められていて、ぎょっとしまったりもするのだが。
 三匹の白い生き物のうち、一匹だけはどういうわけか「だめ」な子で、引っ込み思案なくせに喋り始めると饒舌で、その舌足らずな口調がまた……なんともかわいい。
「ぼくだめなのよ」「ぼくいろいろだめなの」「だって梨食べちゃうと梨なくなっちゃうのがだめなのよ」「動くとぼくが減っちゃうのがだめ」「時間がきてまっくらになっちゃうのがだめ」「もっと時間がたつと明るく変わるのもだめ」「ぼくが入ってもぼくが抜けてもその場所が変わっちゃうのがだめ」
 けれど、彼らは夏が終わると消えてしまうのだという――
 さらりと書かれているけれど、さびしい話でもある。



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