「悪業をなすときに慈悲のまねをするな。悪業を重ねるために生まれた者は、天の命じるままに悪をなすがよい。それが宿業じゃ」
              
   「海狼伝」 白石一郎   文春文庫

 対馬の曲浦で、海女のために舟を漕いでいた笛太郎は、異国の船や、変わった船が気になってしかたのない少年だった。そしてある日、笛太郎は船と海に対する思いがやみがたく、義理の大叔父にあたるという、いまでは朝鮮の将軍となった宣略将軍、李伏竜に会いに行く。しかし残忍な所業で知られるその老人は、笛太郎のことも血縁としてではなく、単なる下っ端として扱うだけだった。しかもある日の戦闘中、笛太郎は瀬戸内海を根城とする村上水軍の海賊衆に捕まってしまう。そこで笛太郎を救ったのは、かつて村上水軍の一員だったという父親の遺品だった。そして笛太郎は、村上水軍の一人として生き始めるが……――
 他人の金品を奪い、ときには命までをも奪う海賊業。笛太郎は心のどこかで、それに納得はしていない。そんな彼の甘さがどこまで通用するのか、その辺りも見どころ。それにしても、登場人物たちがそれぞれに魅力的でよい。特に、笛太郎の仲間で、武力に優れた美男子、三郎はとびきり魅力的な若者だ。三郎はその強さと外見から、武術使いの美少女麗花に惚れられるが、彼にとって麗花は単に乱暴な女であるにすぎない。すり寄ってこられることを気持悪がり、辟易しているそぶりが笑える。また、村上水軍で笛太郎と三郎のかしらとなる小金吾は、金しか眼中にない小男。しかし、己を武士というより商人であると割り切っていて、憎めない魅力の持ち主だ。
 小金吾が作り上げた一世一代の船、小金丸。笛太郎たちはこの船でいったいどこに乗り出してゆくのか……男たちの夢と冒険を描いた一作。
 第97回直木賞受賞作。



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